生粋の日向人のふりをして、四半世紀。
実は生まれは名古屋なのですが、育ったのは日向です。10代の多感な時期をこの町で過ごし、以来ずっと生粋の日向人のふりをして生きてきました。
ふりのつもりが、人生の半分以上を県外で暮らしながら、実家があった時は盆と正月を欠かさず帰っていたのだから、もうふりではないのだと思います。
やがて両親が福岡に移り住み、日向に帰る家がなくなりました。それでもこの町との関係を切りたくなくて、福岡で会社を経営しながら、2021年に日向で HYUGA BASE を開きました。帰る家がなくなったので帰る場所を自分でつくった、いま思えばそういうことだったのかもしれません。
この場所では思いがけない出会いがいくつもあり、ここで出会った人たちと一緒に仕事をすることが増えてきました。
2006年12月31日の日記に、こう書いていました。
地元には様々な仕事をしている友人がいて、何かが壊れても大概の物は自分たちで直してしまう。技術者も施設も揃っている。これが日向クオリティ。
ヒナコミの構想は、たぶんこの一行から始まっています。腕のある人は、もうここにいる。HYUGA BASEでの出会いがそれを確信に変えてくれて、足りなかったのはその腕に仕事とお金が届く仕組みだけなのだと気づきました。
日本全体で人口が減り、地方には残る町とそうでない町が出はじめています。日向には残ってほしいし、勝ってほしい。理屈ではなく、育ててもらった町へのただの愛着です。
10代の頃、日向で世話になった先輩たちに言われた「俺たちに恩返しはしなくていい。同じことを後輩にしてやれ。」という言葉を、よく覚えています。最近、福岡で尊敬する大先輩の経営者も同じことをおっしゃっていて、自分がしているのは恩返しではなく恩送りなのだと思うようになりました。
人生と仕事で拾ってきた経験のなかにこの町の役に立つものがあるなら差し出したいし、ここで働くことも暮らすことも妥協にしない。微力ながらの恩送りを、一過性のものではなく仕組みで残せたら、嬉しいなぁ。